パン職人と商売人の作り話

家の近所にある個人経営の小さなパン屋を、僕はとても気に入っている。うまいパン屋だ。その日、僕は会社で仕事が遅くなり、閉店間際のパン屋に行くと、店の中はすでに片付けに入っているようだった。僕は申し訳なさそうな表情で「まだやってますか?」と聞いた。店員は笑顔になり「ええ、大丈夫ですよ!」と答えてくれた。残っているパンは少なかったが、僕に不満はなかった。
僕は晩ご飯に食べる分のパンを選んでレジに行くと、店員さんが言った。
「他のパンももっとお安くしますから、よかったらどうですか」
売れ残っても困るのだろう。
そう思ったが、僕は違うことを考えていた。
「僕がおいしくパンを食べられる量は、これぐらいです。いくら値引きされても、おいしく食べてもらえないパンは、パンが喜ばないでしょう。値段の問題じゃあない。あなたは商売人で、パン職人じゃあないと思う。それを卑下することはなくて、とても重要なポジンションだ」
その台詞が口から出ることはなく、
結局、僕は
「いえ、大丈夫です」
とだけ答えた。