チャリティ商売における見解

チャリティと称した商売をわりと見かける。復興。がんばれ日本。いろんな単語が売り買いされている。チャリティと名乗り、いろんな団体がいろんなことを善意で行っている。そういうことをやることに意味がある、そうやって地域復興に役立っているとか、経済をまわしているという見方もあるだろう。
でも、僕が個人的に思うことは、そういうチャリティ商品を買うなら、その金額丸ごと寄付したほうがよいんじゃないの? って感じてしまう。チャリティって単語は、売る側の意識なのか? 買う側の意識なのか? そこに差を感じる。
売った側が、後から「これは寄付します」ってやればいいんじゃないの? 買った側が、買う前から「これは寄付されるから」って行動しているのが、どうもへんな感じだ。 最終的に寄付されるからOKって意識はどこからきたんだ? 寄付という意識は、誰の意識なのだろう。
チャリティ商売が悪いということはない。そういうことをやらないと寄付できない人間はいる、寄付しづらい人間もいる。そういう行為によって、やりづらいなと感じていた人が、気楽に寄付できるようになり、ハードルを下げる効果はあるだろう。
でも、寄付する側は、もうちょっと意識を高めてもいいんじゃないの? 善意で行動してもいいんじゃあないの?
それから僕は「寄付しろ」とは思わない。税金払ってんだから。そっからなんとかやりくりすべきだろう、とは思っている。