災害に役立ったと言われるもの

グッズの話ではなく、考え方の話です。
今回の災害でTwitterで助かった、Twitterすげー、って言うのを数箇所見かけて、なんか気持ち悪いなーと思ったので、なにがおかしいのかを書いておく。
一つは、Twitterのような新興勢力は人が少なく、ユーザがマイナーなので、繋がりやすい。これはケータイが少数派だった時代の神戸震災でも「ケータイは繋がった!」と言われてきたのと同じ。車は便利な道具だが、皆が乗るから道が込んでしまう。実際、テレビで助かる、ラジオで助かる、人と人とのつながりで助かる、という人のほうが圧倒的に多かっただろう。新興メディアだから目立つだけだ。
もう一つは、ネットは災害に強いとか、ケータイは災害に強いとか、見かけるけど、それは視点を間違えている。自分を中心点に置いて考えていない。なんらかの情報入手手段が繋がった場合は、このように使うと便利である、という自分を中心にした視点で見ないと、意味がない。ケータイを中心点にして、それが使えなかったらアウトになってしまう。Twitterが強いから俺も俺も…ではなく、Twitterがあったらどう使うのか、と考える。テレビもラジオも同様だ。どういう道具があるのかを、知っておくのは重要なことだ。しかし人は道具を使うのであって、道具に使われていることがある。