「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか」

僕が大阪行きの新幹線に乗っていると、普段聞かないアナウンスが流れた。新幹線のアナウンスってだいたい録音で、かなりはっきりとした口調でしゃべる。しかしそのアナウンスは、みょうに口篭り気味で、声の低い男性の声だった。
「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか」
周囲がざわつく。もしいたら、X車両に来て欲しい、近くの乗務員に声をかけて欲しい…そんなアナウンスが数度続いた。大阪行きの新幹線のぞみ。詳しくは知らないが、車両数は20近くあり、僕の居る車両は満席に近い。旅行客はほぼいない。出張なのか、それとも単身赴任なのかわからないが、周囲の大半はサラリーマンである。
次の停車駅までかなりの時間がある。急病人のようだ。本当にヤバかったら、たぶん新幹線を途中で止めて搬送するのだろうが、現在どの程度の病状なのか、判断したいのかもしれない。飛行機は止められないが、新幹線だってそんな簡単に止められるものじゃあないだろう。そういう意味では同じか。とりあえず僕に出来ることは無い。「はいはいはーい、うっそー」とか言うことはできるけど、絶対怒られるし。
結局、十分ほどしたあとに、ふたたびアナウンスがあった。看護師がいて手当てをしてもらった、次の停車駅で倒れた客は降ろします、お騒がせしました、というような内容だった。これだけ乗ってたら、医療関係者も乗ってそうだな、とは思っていたが、いてよかったよかった、というところか(倒れたやつがいないほうがいいけど)。
しばらくすると、ふたたびアナウンスが流れた。
「先ほどお手伝いいただいたお客様、大変助かりました。ご協力に感謝します。よろしければ再度お越しいただいてもよろしいでしょうか。お礼を申し上げたいと思います」
…? へんなアナウンスだな、と思っていると、運転手や車掌とおぼしき人物が、僕のいた車両に入ってきて、僕の席のすぐそばにいた客に声をかけた。「先ほどの手当てをしていただいたお客様でしょうか」「いえ、違います」「そうですか失礼しました」結局、数人に声をかけていたが、本人は見つからなかったようだ。…これは、つまり、看護師は人助けをしたが、名乗らずに立ち去った、ということなのか? 名乗るほどのものではありません。自分には助ける能力がたまたまあった、ならば助けるのは当然です、と。
…そっちのほうがカッコイイから、そういうことにしておこう。
僕はちょっとだけ気分よく、新幹線の席に座りなおした。 …という実話。