カルボナーラの作り方

僕は冷蔵庫を開ける。予想通り、中はごっちゃりと詰まっていた。もし他人が中を見たら辟易とした表情を浮かべるだろうことが容易に想像できる。まるで誰かの頭の中のように、かなりの混乱振りだ。ベーコンは折れ曲がっているし、スライスチーズは袋から飛び出していた。透明なはずのタッパウェアは曇っていて、中に何が入っているのか見えないし、いつ口をあけたのか覚えていない調味料の瓶が、立体交差する新体操選手のように複雑に入り組んでいる。そこからマヨネーズだけを取り出すことは、まず不可能だろうと思われた。
僕はそこから迷うことなく必要な食材を取り出した。ベーコン1枚と卵1個、生クリーム、牛乳、粉チーズ。その動きは、まるで手品のように滑らかな動きだった。他の組み合わさった食材が崩れることはない。開いたときに見受けられる複雑な組み合わせを維持していた。たぶんドラえもんも同じスキルを持ち合わせているのだろう、と想像する。
ガス台の上の鍋には、湯が煮え立っている。どこから湧き出すのかわからないが、次から次へと泡が大量に生み出されている。その鍋いっぱいの湯の中には、大さじ1ほどの塩が溶け込んでいる。湯を少量を舐めてみた。煮詰まった味噌汁のように濃い味である。僕はその中に100gほどのパスタを投げ込み、タイマーのスイッチを入れた。麺が茹で上がる時間よりも、タイマーにセットされた時間は1分ほど早い。硬かった麺はすぐに湯を吸い込み柔らかくなると、湯の中で踊るように動き出した。麺が湯に漬かるのを確認し、僕は並べた食材に向き直る。
パスタをゆでている鍋の横に、フライパンをおき、そこにオリーブオイルを垂らすと、植物らしいやさしい香りがした。薄切りにされたベーコンを1枚、5ミリほどの等間隔で細切りにすると、まだ冷たいフライパンに放り込み、ようやくフライパンのほうのガスに火をつける。火を絞り、消えそうな弱々しい火がフライパンを炙っている。しかし弱火でじっくりと焼くことがコツだ。僕はフライパンから目を離した。
軽量カップに牛乳50cc、生クリーム50ccを入れた。両者はすぐに混ざり見分けはつかなくなる。卵をシンクの角にやさしくぶつけると、うっすらとした亀裂が入る。僕の指は女性の衣服を引き裂くようにやさしくその白い殻を半分にした。黄身と白身を分け、黄身だけを生クリーム牛乳の中に落とす。目玉焼きのように見えた。その中に適当な量の粉チーズを入れ、黄身を崩しながら混ぜた。あっという間にやさしい色合いのソースに変わった。
目を上げるとオリーブオイルの中で、ベーコンが跳ねていた。端が焦げだし、脂がにじみ出ている。脂の焼ける良いにおいがする。焦げすぎず、生焼けでもない。弱火でしか作ることのできない芸術的な色合いである。
僕はパスタをゆでている湯を大さじ2ほど汲み、フライパンの中に撒いた。水と油が相反しあい、跳ねる激しい音がした。しかしすぐにその反応は収まる。ほどよくタイマーが鳴った。もちろん計算済みである。僕は無機質な電子音を止め、麺をざるにあげると、すぐに茹で上がったパスタをフライパンへと移す。この間、実に10秒と時間を使わない。ベーコンとパスタを絡めるように菜箸でかき混ぜた。このままでも十分にうまそうだ。
先ほどの生クリーム牛乳に卵黄を入れたソースを、フライパンの中にぶちまけ、すばやくかき混ぜる。黄身に熱が通り、さらに水と油が乳化を始める。相反しあっていた水と油は、化学反応のように柔らかく結びつき、マヨネーズのようにねっとりとしたソースが麺に絡んでいく。
暖かいそれを皿に盛り付け、湯気のあがるパスタに黒胡椒を振りかけた。食欲をそそるスパイスの香りが鼻に抜けてゆく。お好みで好きなだけ振りかけてよい。この胡椒が「カルボナーラ」の語源と言われている。僕は柔らかなソースに包まれたパスタを見て、にこりともせずに自分のテーブルに移動した。
うまいかどうかは、そのパスタの様子を見ればわかる。まずいわけがない。すでにそのカルボナーラに確信があった。僕は椅子に座った。

という作り話。えーと、長ぇよ!