健康な部屋、健康なPC

僕の部屋は、いろんなものが散乱している。
多くの人が、その状態を汚いというし、多くの人は、散らかっている状態を好まないようなことを言う。どんな部屋に住みたい? という問いに、ホテルのような何もないきれいな部屋、と言う人もいる。どうもそういうことを言われるたびに、「何もないきれいな部屋に住んだことがないのかな?」と思う。
たとえば、パソコンを見てみよう。買ってきたときは何も入っていない。実にきれいな状態である。容量も余裕があり、HDの断片化も最小限だ。ところが、いつも使うアプリケーションを入れる、ファイルを見る、インターネットをする、メールでやりとり、テキストを書く、絵を描く、音楽を作る、動画をつなげる、そうやって、パソコンはどんどん断片化していき、ハードディスクは圧迫され、アプリケーションは大量になり、ウィルスの脅威にさらされ、PCの内部は、散らかっていく。
だが、そのPCが使いにくいというのか? 明らかに使い易くした結果ではないか。他人はそのPCを見て「デスクトップを片付けろ」とか「不要なアプリぐらい削除しろ」とか言うかもしれない。だけどそんな見た目の綺麗さなんかより、自分にとって使いやすいことを優先するはずだ。片付けるのなんて、最小限で、時々、不要なファイルを消したりする。思い出したように、HDDの最適化をしたり、エラーチェックをかけたりする。思い切って引っ越すように、フォーマットしてしまうこともあるだろう。だがすぐに元の状態に戻るはずだ。その散らかった状態が、使いやすい状態だからだ。
まっさらなPCは気分がいいのはわかる。なにもない部屋は気分がいいのはわかる。で、そこから、君は、何をするの?