誰かを愛することは神様のお側にいることだ

愛や尊敬を強要するようになったら、もうそれに先はない。と僕は考えている。
人間の心情には「内から湧き出るもの」と「外から覆い被せるもの」がある。
影響や感銘は後者。愛や尊敬は間違いなく前者である。
愛国心や宗教を強要するのなら、もうそこで終わりだ。別に終わったってたいした問題じゃない。完成したと思えばいいんじゃない?死んでいるのとも同じだけれど。
愛国心というものを強要しなくてはならないほど、誰からも愛されない国を作ったことを嘆く人はいないのだろうか?また、愛国心などというものはそもそも必要なのだろうか?昔は必要だったが、今も本当に必要なのだろうか?教育方針に組み込む組み込まない以前に、よく自分の脳で考えてから発言したほうが良い。
追記:
ああ、えーと、どっかの政党を支持するとかではありません。愛国心を推奨する政党は、それが通ったら誰かが儲かるからそれを通そうとしているだけで、僕には関係および影響がないです。念のため。