僕にはスピードがない。

議論というものは、お互いが意見を討議し、相互理解を深めることが目的である。と僕は思っているので、テレビで行われている大議論というものが、まったく興味がない。というか、貶しあいを見ていて楽しむ卑下た趣味がない。ライオンがガゼルを狩るのを見て、半笑いで食事しているぐらい気分が悪いので見ない。

ところが、この議論というものは、相手の意見をよく噛み砕き、理解し、それに対して自分の意見をまとめ、発言しなくては意味がない。相手の揚げ足取りではなく、本当の意味での議論は、程遠いだろう。もっともこれは僕が単純に理想論を言っているだけかもしれない。ユートピアのように、現実にはない世界なのかもしれない。

話がずれたので戻すが、議論するには、このようにいくつもの工程を経て意見が出される。ところがこの工程がすごく難しいというか、僕の脳の処理速度の問題なのだろうけれど、考える時間が必要なのだ。1日2日では出ない場合もある。1週間後見ると「ああ、そういうことを言っていたのか」とようやく第一段階が終了するときもある。そのあとは、自分の意見をまとめて発言する必要があるので、これにもまた、時間が必要なのだ。ところが、そんなに時間がかけられないので、話題は流れてしまう。そんな程度の話題なら本来は、議論するに値しないという判断をすべきなのだろう。よく相手の言ったことがそんなに早く理解できるなぁ、と思うことはある。僕の理解速度が遅いのかもしれない。

ネットで見かける議論や、テレビで見かける議論というものは、相手の揚げ足取りにしか見えないのは、本当に相手の立場にたち、本当に相手が何を言いたいのかを理解する必要があるのに、それをしているようにまったく見えないからだろう。なぜ相手はそんなことを信じているのか。なぜ相手はそう思うのか。恋愛のように相手を理解しようとする姿勢が必要だ。それがないのならば、ただの戯言だろう。それはそれで良いかもしれないが、議論した気になるのは困る。それは煽っているだけだ、と誰も教えない。ウソをウソと見抜けない人のように。