2006-07-23から1日間の記事一覧

それでその人が幸福ならば、それさえも認めないといけないのだろう。

宗教にはまり、搾取されつくし、私財を投げ捨て、貧困に生きる人がいた。その財産を食らい、快楽に生きる教祖なる人がいた。どちらも幸福であった。そこに違法性はなく、登場する人はすべて幸福であった。 他人の自由を認めると僕は言う。だからそういった人…

きみの目を覚ます100の言葉

012. どちらにするか悩むということは、どちらでもよいということだ。