二つの視点から

A
友人は自転車乗りだった。気のいいやつで友人も多く、彼がつぶやくように言うジョークが僕は好きだった。もっともそのブラックジョークのために、彼の友人たちはたまに嫌な顔を見せることもあるが。
そんな彼が事故で死んだのは数日前だった。車と接触事故らしいことを人づてに知った。僕は葬儀に参列した。彼の親戚や、職場の同僚、僕の知らない彼の友人たちがお焼香をしている。僕の番になった。棺桶の窓が開いていて、彼の寝ている顔が覗き見えた。まるで寄せ集めの肉で作ったようなできの悪い等身大人形のようだった。
葬儀に居た彼の妻に以前のような優雅さはなく、事故を起こした相手の運転手を悪鬼のように呪っていた。どうやら事故を起こした運転手が葬儀に現れたらしい。彼女は怒り狂ってそいつを追い返した、と周囲の人間が説明してくれた。葬儀の参列者たちの話から、事故現場のことをいくつか聞いた。友人が反対車線を走っていたこと。友人の妻は訴えを起こし、運転手に多額の賠償金を要求していること。友人の年老いた母親が入院していること、などだ。どれも気の晴れるようなものではなかった。
僕は葬儀場をあとにした。葬儀の場から少し離れているところに、男が立ち尽くしているのに気づいた。じっと葬儀場を見ている。そいつは礼服を着ており、幽鬼のような顔色をしていた。どちらが参列者だかわからない。まばたきもなく、ただ立っていた。やり場のない気持ちがわき出してきたが、文字通りその気持ちはどこにも行き場はなかった。

B
友人は車乗りだった。気のいいやつで友人も多く、彼がつぶやくように言うジョークが僕は好きだった。もっともそのオヤジギャグのために、彼の友人たちはたまに嫌な顔を見せることもあるが。
そんな彼が事故を起こしたと知ったのは数日前だった。自転車との接触事故らしいことを人づてに知った。僕は数人の知人と連絡を取り合い、数人連れ合って友人に会いに行った。やつれた彼の妻が僕を迎えてくれたが、化粧映えする彼女の顔は化粧っ気のまったくない平たい顔だった。僕は居間に通された。メールで来訪の連絡はしていたが、文面から読み取れる以上に彼は疲れ切っていた。礼服の準備がされていた。どうやら事故を起こした相手の葬儀に行くつもりらしい。電話でこっぴどく断られたが、行かないわけには行かないと弱々しく言った。
葬儀に向かったあと、事故現場のことをいくつか聞いた。自転車が反対車線を走っていたこと。相手の遺族が訴えを起こし、友人に多額の賠償金を要求していること。年老いた友人の父親が借金をしていること、などだ。どれも気の晴れるようなものではなかった。
僕は友人宅をあとにした。誰も幸せにならない物語があるのなら、誰もが幸せになる物語がどこかにあるのだろう。今回のこの作り話とは違うところに。