神を殺した槍の話

町の外れにある小さな丘の上で磔の刑が執行された。受刑者は、別段悪いことをしたわけではなかったが、当時の宗教観から大きく逸脱した思想を持ち合わせていたため、処罰されたのだ。
受刑者が自分の前を通るとき、ちらりと男のことを見た。
男は小さく息を呑んだ。
男は手に槍を持っていた。この槍で、今から受刑者を刺すのである。
男の横には、執行を行う自分の上官が並んでいた。もしかしたらそちらを見たのかもしれない。
処刑には多くの見物人が集まった。野次馬のように興味本位だった者もいれば、受刑者を助けようとあがくものもいた。処刑を行う自分たちに呪いの言葉を吐くものもいた。だが処刑は行われた。
十字架にかけられた受刑者を、数人の男たちが槍で突いた。
突かれた受刑者は苦悶の表情を浮かべた。しかし、受刑者が絶命することはなかった。突かれた傷はすぐにふさがってしまったからだ。まるで悪魔と取引でもしたのかと疑われて仕方のない現象であった。受刑者は何度も突かれた。そのたびに、苦悶の表情を浮かべた。だが彼は決して、叫び声をあげたりはしなかった。
男は震えた。自分だったらどうなっていだろう、と想像したからだ。男は戦争で一度だけ命を落としかけたことがあった。敵の槍に突かれた事があったのだ。何日もの間、痛みが続き、思い出すだけで恐怖が身のうちを満たした。自分が磔られ、身動きもとれず、何度も槍で突かれたらどうなるだろう。絶叫し、失禁し、みっともなく命乞いをしているかもしれない。神を呪い、永遠の地獄に落ちるかもしれない。
しかし受刑者は、そのどれでもなかった。
ただ耐えたのだ。
槍を持った男は、自分の上官の前で膝をついて叫んだ。彼を助けてください。彼の奇蹟を見て、なんとも思わないのですか。全員が、男と上官に眼を向けた。まるでときが止まったかのような静寂の中で、上司は首を横に振った。男にもわかっていた。途中でやめることなどできないのだ。
磔の受刑者は静かな、しかしはっきりと聞こえる声で言った。
優しき者よ。その槍で私を突きなさい。それがあなたの職務です。
男は受刑者を見た。
ひどく落ち着いた表情をしていた。
ああ。
どうか。
死という安らぎが。
彼に訪れますように。
男の頬を涙が伝った。男は叫び、槍を構えた。鋭い突撃。男の槍が、受刑者のわき腹に深く刺さった。地下水のように血があふれ出した。傷が。傷がふさがらない。男は受刑者を見た。受刑者は男を見ていた。口元が微笑んでいるように思えた。男がそう思いたかっただけかもしれない。
よくやった。千人長。
上官は男の肩を優しく叩いた。
男は血塗れた自分の手で顔を覆った。
それは憎悪ではない。それは善意でもない。