祈る責任

すげー他人事なんですけど、神社なんかにぶらさがってる絵馬を覗き見て、その願いが叶うといいな、と思うときがある。思うだけだ。僕は何もしないし、その絵馬を書いた人間がどういう人間かもわからない。接することも無いだろう。
でも、ときどき、そういうふうに思うことがあって、その祈りって、なんていう無責任さだろう、と思うのだ。世界が平和になればいいね、と口でいいながら、誰一人平和にしようとはしない世界だ。何も出来ない無力な無能者の戯言だろうか。
思うことさえも許さない、なんてのは無理だ。それとも、そういう思いが世界を良くしていくのだろうか。野球のボールさえも動かせないのに、なぜかそんな幻想を持っている。