功徳とエロゲーは、積んで善し

なんか、最近エロ成分が少ない気がするので、エロゲーの話をする。ちょっと新作エロゲーを買うことをやめている。理由は既に買い込んだ在庫が多すぎるから。エロゲーを積みすぎて「今、積んでいるヤツを処理してから新しいものを買おう」と決めたんですが、これがさっぱり進まない。買ったときは面白そうだし、やっている最中もまあまあなのだが、どうにも進まない。
それなのに面白そうな新作のヤツは、手を休めることもなく、どんどん出てくる。これってなぜなの? お姉ちゃんのことが嫌いなの? 否、違う。これは僕の傾向なのだ。
僕はどうも、ゼロに向かってしまう傾向がある。ゼロに向かうというのは、無駄をどんどん削り、不要なものは買わない傾向である。今、持っているものだけでなんとかしよう、どうしようもなかった場合、拡張しよう、という傾向だ。僕はどうも、こういう形状をしている。
たとえばエロゲを買うときに、心の中の僕がささやく。「お前、もうずいぶん前に買ったヤツ、積みっぱなしじゃん。まずあっちをクリアすべきじゃあないの? 前に買ったヤツと、今、買おうとしてるヤツってそんなに違うか?」そう言われて、僕はその新作を棚に戻してしまう。
その逆に、いらないものをどんどん買って無駄にする傾向の人間もいる。たとえば流行を追う人は、こういう傾向にある。どちらかが優れているとか、劣っているという意味ではない。僕はそういう傾向が強くある、というだけだ。だが、その傾向が強いためか、その傾向の弱点が見えてくる。もっと楽しいことがあるはずなのに、今あるものでなんとかしようというケチくさい心が、新しい一歩を踏み出すことを躊躇させている。
だからだなぁ、エロゲーを無駄に積むということを、もっと肯定していかないといかん。今、積んでいるエロゲーは、僕がゼロに至るための礎なのだ。
積読? 積みゲー? 着なくなった去年流行の洋服があふれている? いいじゃないか、いいじゃないか! 全部それを肯定してみよう。それのなにが悪いんだ? それは大悟へと至るための礎だ。それは積まれるために存在したのだ。僕の無駄にされるために存在したのだ。
よって僕はやってないエロゲーを積んだまま、新しいエロゲーを買うぞ! わかったか!
(誰に言い訳をしているのか? もちろん僕自身に対してである)