なぜ惚気が好きなのか? −状態異常:属性持ち−

以前、友人から聞かれたことがある。
「なんでノロケが好きなの?」
僕は思いつくままに、その場で答えたが、そのとき自分のした言い訳に納得はいっていない。今でも自問自答を繰り返している。なぜだろうか。僕はノロケについて、「もっと美しい自慢話を、ちゃんと見るといい」と以前に書いている。それをもうちょっと説明できそうなので、書いておく。
オタクには「属性持ち」という者がいる。僕は完全な「姉属性持ち」なのだが、本来、属性とは分類の一種であり、ただ在るだけの存在で、それ自体にはプラスもマイナスもない。属性持ちのオタクとは、ただ存在するだけの「属性」をプラスに変えた者である。
オタクが好きなアニメや漫画について熱く語っている時「こいつ楽しそうだな」「愉しんでいるんだな」「面白そうだな」と感じることがある。それは上手な自慢話である。「楽しさ」とは、楽しさそのものを伝えることはできない。できるのは、本人が楽しんでやっている、ということだけである。ノロケを見ていると、そういう「楽しんでいるんだ」というのが伝わってくる。
ノロケとは「本来プラスもマイナスもない相手の属性(行為、態度、容姿、性格など)が、プラスに見える」という状態異常である。舞い上がっているとも言える。それとも自ら、巻き上げているのかもしれない。
属性持ちの状態異常は、時には、多くの人のマイナス評価が、個人的なプラス評価に切り替わっていることさえある。いわゆる「あばたもえくぼ」である。そういった盲目性は、本当の意味でのポジティブであり、「楽しむ」ことの弊害だとも言える。たとえば僕なら「彼女の年齢が5歳年上なのをどう思うか?」という話で、そのことを大絶賛し、聞いていた他の人たちは全員ドン引き、という話がある。まあドン引きされたのは、僕の自慢話がヘタクソだからだが。
そういった「楽しむ」ということの本質として、ノロケが好きなのだろう。

さて、この言い訳で、僕は僕を納得させられたのだろうか。数日後、また数年後も、この言い訳が自分に通じるのか、ちょっと気になるところだ。